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奈何(いか)にも倦(う)んじき
古谷(ふるや)俊男(としを)は、椽側(えんがは)に据(す)ゑてある長椅子に長くなツて、兩(りやう)の腕で頭を抱(かゝ)へながら熟(じつ)と瞳(ひとみ)を据(す)ゑて考込むでゐた。體(からだ)のあいた日曜ではあるが、今日のやうに降ツては何(ど)うすることも出來ぬ。好(すき)な讀書にも飽(あ)いて了(しま)ツた。と謂(い)ツて泥濘(ぬかるみ)の中をぶらつ[#「ぶらつ」に傍点]いても始まらない。で此(か)うして何(な)んといふことは無く庭を眺めたり、また何(な)んといふことはなく考込むでボンヤリしてゐた。此の二三日絲(いと)のやうな小雨(こさめ)がひツきりなしに降續いて、濕氣(しつき)は骨の髓(ずゐ)までも浸潤(しんじゆん)したかと思はれるばかりだ、柱も疊も惡く濕氣(しつけ)て、觸(さは)るとべと/\する。加之(それに)空氣がじめ/\して嫌(いや)に生温(なまぬる)いといふものだから、大概(たいがい)の者は氣が腐(くさ)る。
「嫌な天氣だな。」と俊男は、奈何(いか)にも倦(う)んじきツた躰(てい)で、吻(ほ)ツと嘆息(ためいき)する。「そりや此樣(こん)な不快を與へるのは自然の威力で、また權利でもあるかも知れん。けれども此樣(こん)な氣候にも耐えてゐなければならんといふ人間は意久地(いくぢ)無(な)しだ。要するに人間といふ奴(やつ)は、雨を防(ふせ)ぐ傘を作(こしら)へる智慧(ちゑ)はあるが、雨を降らさぬやうにするだけの力がないんだ。充(つま)らん動物さ、ふう。」と鼻の先に皺(しわ)を寄せて神經的の薄笑(うすわらひ)をした。 何しろ退屈(たいくつ)で仕方(しかた)が無い。そこで少し體を起して廣くもない庭を見※して見る。庭の植込(うゑこみ)は雜然(ざつぜん)として是(これ)と目に付(つ)く程の物も無い。それでゐて青葉が繁(しげ)りに繁(しげ)ツてゐる故(せい)か庭が薄暗い。其の薄暗い中に、紅(べに)や黄の夏草の花がポツ/\見える。地べたは青く黒ずむだ苔(こけ)にぬら/\してゐた………眼の前の柱を見ると、蛞蝓(なめくぢ)の這(は)ツた跡(あと)が銀の線のやうに薄(う)ツすりと光ツてゐた。何を見ても沈(しづむ)だ光彩(くわうさい)である。それで妙に氣が頽(くづ)れて些(ちつ)とも氣が引(ひ)ツ立たぬ處へ寂(しん)とした家(うち)の裡(なか)から、ギコ/\、バイヲリンを引(ひ)ツ擦(こす)る響が起る。
by herrokatty
| 2007-02-19 18:20
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